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R2の5話ももっち大好きだけど、6話がよいよいロイドさん的にななな!
あと朝比奈のナマにのうでが見られるのでそれも…強化パイスー下ノースリなのね…!藤堂さんも同じということよね…ジュルリ
ラクシャータの倉田さん声が好きすぎる「まいあがりなぁ~」。R2になってやや籠った感じに。どっちも好きです!どっちも好きです!
スザクってやっぱりちょっと狂ってるなぁ異常だなぁと学校に来てからので思う。今までちゃんと描かれてたから自然に感じちゃうけど目的のためのあの吹っ切れ方は凄い。これまでのことを踏まえたらルルがスザクを前にして抑える衝動の比ではないと思う抱えるものが。プライドや思い出じゃなくヒトだからなぁ。
好きだわ。
でもかわいいのはやっぱりルル。節制はそれを認めるのに頭使わなきゃだけど泣いたり顔を歪ませたり叫んだりはしてくれたらすぐわかるじゃないか。支配視点とモノローグの多さが圧倒的というのもデカいけど…わたしはそれに乗るよ。あの自分勝手さも弱さもかわいい。足遅いとこもよよいの酔いも間違っているのは世界だって言っちゃうところもみんなかわいい。始まりは全部きみの選択のせいであったのに…!いとしい。
ただ面白いのは変わらないんだけど、R2になってから演出がワタワタしてるように感じる。盛り上がる前にブツッて切れる感じ。グループがまだ細かく別れてて場面切り替えが多いのと、ルルが一人で仕込みするのを後で追って説明する(しかもギアス使用が多いから説明省けない+でも繰り返しに感じる)のが原因なのかな…。
まだ7話だからこれから楽しみ。
R2OPじぇれみぃ絵とセシルさんとギルフォードとロイドさんが生きていてくれたら私全部見れる。
ジノがかっこよすぎて直視できない。 PR
破でゼルエルに取り込まれた時の綾波の格好ってデビルマンのサイコジェニーだよね… なんか既視感あると思ったら\(^▽^)/すっしり
舞城王太郎『好き好き大好き超愛してる。』読んだ。
物語と愛についての小説です、この本は。タイトルや、文体や、(既に読み易いを通り越して読み難い域にまで達している)行間の空き具合や、(パロディなのかオマージュなのか知りませんが)やたら厚い本文用紙、に、惑わされてはいけない…!んだな…!自戒。
「愛は」という言葉で始まるこの小説は、冒頭で「過去」について触れるんだけど、哲学が教えくれた愛は前方位的な展開をするか或いはそこから下りて現実性を求めようとする、した、ものだったから、私にはちょっと不思議に感じられたのね。ここで過去?って。後ろにいく愛ってなんだろうと。でも、最後まで読むと不思議が溶ける。全部わかる。前転、良さと言い換えられる愛や現実性と言い換えられる愛があるなら、過去や追憶と言い換えられる愛もあるはずで、それが物語なのだ。
問題の部分を引用するのはさすがに無粋すぎる…ていうか恐らくこの小説の(結論でなく)タネの最大の正体であると思うので伏せるけどって言ってももう結構書いちゃった気もするけどだけどとにかく、文庫版172P最後の4行は、単なる言葉遊びではない。恋愛に取り憑かれた男のポエティックな感傷でもない。小説の早いほうで「祈り」について幾つか書かれているんだけど、そこに鋭い把握があるから、ちゃんとわかるようになってる。「祈り」は、・言葉で出来ていて ・何かこうあって欲しいと願うもので ・でもその願いが叶わなくても私たちは「それ以上何もしないし何も思わない」。大事なのは三つ目だ。叶わなくても、何も思わない、ということ。実はアリストテレスもポチッとしていたところ。
もうひとつ。
私たちは、たとえば一万二千年先の物語を書く時に、未来形(予想形)を使わない。私たちは過去形で書く。よく考えるととても面白いことなんだけど、文学は、ずっと過去形を選んできた。でも、なんでそういう形態でなきゃいけなかったのか?
この小説は別にこの問題を扱ってはいないんだけど、一つの答えを提出しているように思う。
昨日書いたゴールズワージーだけ孫引用しとく。
「芸術とはこの世における人間活動の一つの形式である。それは人と人とを結合するための、人と人との間の境界を撤廃させるための、純粋な仕事である。それは、消え去りやすいけれども、一つの個ともう一つ別の個との、絶えざる、そうして無意識裡の、置き換えである」
私小説、小説ということ、ゴールワージーの言葉、愛の作用、人間の精神活動が収斂していくところのクセのようなもの。
昨日の今日でこの本を読んだ自分の幸運に頭がお熱。
あと!!!依田さんの新連載読んだ~!相変わらずかわいくてかわいくてもう読みながらもじもじした。タイトルの「番長」が気になるwななななななな。あめとらも早くコミックス化すればいい…!なんか今日は総合すると凄い充実してた気がしてきた!十五年ぶりに一代目家にも行けたし!レコードも片づけたし!買い物もしたし!
明日は仙台いってきます。おやすみなさい。
・近視であることは美人の一つの条件、とどこかの作家が書いていたが、美男子にも同じことを言いたい。
『さよならキャラバン』読み直しながら…やっぱりメガネは…いいよね……と思う。しみじみ。楽しみは二重どころでない。メガネを掛けてる時と外してる時だけでなく、掛けさせられている時、外されている時というのがある。この萌えをここまで執拗に描いた漫画は今まで読んだことがない。押しつけられる肌の感じと折れるフレームの弱さと…!たまらん……!(別にメガネがテーマのマンガじゃないのに…!)
あと、大人になったもっさん×太一が読みたいよう。読みたいよう。高校生もっさんが相変わらずで萌えた。太一も良い襲い受(失敗系)になりそうで凄く好みだ…。少年がハイソックスを履かなくなるのはいつからなんだろう…。ほろり。
・きのう、小島政二郎の『眼中の人』読み終わり。
大正文壇史の貴重資料としても知られている本。しかしまぁ出るわ出るわあの人もこの人もで大雑把な作家年順表まで頭に出来てしまうよ。
本文が軽妙で引き込まれる。会話のテンポもいい。
古き良き…な大正の東京(下町)の雰囲気が伝わってくるのもいい。自分が経済的にキツい時でももっとキツキツな後輩同輩にすぐお金貸しちゃったり(基本的に返ってはこない)、世話したり、逆に先輩からは貸してもらったり(つまりもらう)っていう、知り合い間のお金の回し方が今の時代と全然違うからびっくりした。貯金しない、物を持たない、それでも結構生きていけるっていう江戸の形がまだ微妙に残ってたんだろうな~。あと「町内一斉大掃除の日」とかあるんだよ!自分の家を掃除して、夕方に家に回ってきた巡査から「大掃除済みの証」をもらうの笑 奥さんが妊娠中で手伝いを頼むのも忘れてたから、政二郎が一人で頑張ったという話。
芥川はもちろんだけど、次第に語り手の微ロリ(推測)政二郎本人にも萌えてしまう(主軸は彼の精神発展史だしね)。表現がいちいちかわいいのだよな~!も~!も~!
大正文豪たちとのエピソードは、著者本人の実体験であるのに加えてその描写の仕方も非常に巧くて、生彩に溢れている。ひつこいけど菊地と芥川はやっぱ萌えるよ…名古屋旅行は奇跡。久米たん加わって三人衆も萌えるよ。太宰壇山岸のいわゆる三馬鹿とはまた違った良さがあるよ。
政二郎が、菊池のもたらした衝撃や春夫(引用文読んで春夫って太宰好きそうだなー突きそうだなーと思って調べたらやっぱりでわろた)の思想を経て純文学について認識の大転換を行うところは凄く密度があった。ゴールズワージーの引用が出て来たあたりからは、ああ、こう行くなとわかる。私小説の結論。
『眼中』を読んでからまたちょっと『六の宮』に戻って、そんで芥川の例の恋文なんかをネットで眺めてたりしたらまた涙出て止まらなくなって、さすがにちょっとインフルされすぎだわと思ってやめました。でも『文ちゃん。』の手紙は最高だよね。いいよね。ああいうのもらって嫁にいかぬ娘などいるだろうか。
話飛ぶけど1、三重吉が政二郎に出した手紙に「くれろと言う」って言い回しがあってとても好きだ。なんかいい。くれろって。くれろ。くれろ。
話飛ぶけど2、芥川って晩年に「話らしい話のない小説」というのを唱えたんだけど、近い時期に書いただろう『西方の人』でニーチェをちらっと出してるんだよね。それ自体は文脈全然関係ないんだけども、龍之介ってニーチェどこまで読んでたんだろうとつい思ってしまった。久米の散文芸術の話もあるけど。
・めぐみのせいでムックとガチャピンが日に日に頭を浸食していく恐怖。ムック…!ガチャピンに拾われたって…!ナニソレ!だめすぎ…!
でも、奴ら5歳なんだよね…てか、タメなのにムックはガチャピンに拾われたの?状況がよくわからないんですけど。ムックが凄くダメなの?ガチャピンが凄くデキるの?拾った、ってムックって実はディ●ニーだったらあの首輪つけて服来てない黄色い犬的な何かなんですか?ペットか?おまえはガチャピンのペットなのか?バター犬ならぬバター雪男か?とりあえず児ポ法的には凄くアレですAGUNESUの奇襲を受けそうな。デュクシ。
じぇれみぃとシュナおにいたんはリバもばっちばっちイケるな。シュナおにいたんは変な性癖なんかしら持ってそうと思う。受でも攻でもいいけど。 かすぱ鉄板 藤堂×ギルフォード 藤堂×ディートハルト セシルさん×ロイド 藤堂さんは他にメガネっこもいたりするから大変だっ頭の中が大変だっ(いつも)棒が足りません! で夜に大学ホムペとか見ちゃいけないなっていう話ね…成績も凹むしキャリアセンターからお知らせ?なに?就活?それっておいしいのもぐもぐとかとても凹むし鬱々……いやよいやよ生きたいけど怖いのも面倒くさいのもいやよいやよ拒絶失敗もいやよいやよ となってシマッターのでまた掛け算して閉じこもる。 藤堂さんはロングが好きなのかな?!私の法則だと…!ギルフォードの髪はぜひ解きたいよね。散らせたいよね。EDだとダールトンには見せてるみたいねお寛ぎ! あとご奉仕グラストンナイツとかグラストンナイツ内乱れかけ算とか義父に実らぬ初恋とか色々考えたけどダールトンお義父さんのこと考えると涙でちゃうから中止した。かわいい五人息子でそんなことできないっ…!でもっ なんでもないっ
クロヴィスたんは聖域
イエス ユア ホモデス
演出がすべてなんだなあぁぁってほんと思う。
面白いから、ほんとうに思う。
特に音楽の威力は絶大。効果の半分いくんじゃないかっていう。
「動く絵」で作られた、アニメの限界なんだと思う。
思考しつくした上での感動はもう絵に追いつかないから。
アニメはまず何よりも見せ方に遊んだり酔ったりするものなんだと思う。
多分、その上手い下手が全てを決してしまう。内容ではない。
動く絵の連なりが表現できる内容の限界の中では、きっとその中身自体の差異はものすごく僅かだ。
処刑人2公開決まりそうって!!アメリカで秋に!ううううれしいよーーー! 高校の時見たから7~6年ぶり? まぁ気になるのは話より何よりノーマン・リーダスの体型ですけども…!トレスポのユアン・マクレガーがああなったように…は…ギギギ
武彦タンの「忘却の河」読み始めたんだけどこの文庫、版切れしてたのが2007年に復刻して再版したっぽい?ので今後期待である。しのしましのしま みそは、それが、裁かれることや罰せられることへの恐怖感 ではなく、赦してくれるひとのいない恐ろしさ だということだ。贖いようがない。この行き詰まりは原理を追い求めた哲学者が終着点で立ちすくしたときの絶望感に似ている。 よく飽きないなぁって自分でも思うんだが、結局わたし武彦タン好きなんだ。つまらないと思うんだけど面白くないと思うんだけど、凄いみてしまう。共鳴の威力すごい。ビスコンティの映画も同じような感じする。テーマも毛色も違うけど。
時間感覚の持ちよう。 これが開く瞬間があるひととないひとがいるんじゃないかと疑う。 たぶん開く開かないがあるのは子どもの頃だ。死について(つまりは自分の有限性について)考えたことのある子どもは、オバケより何よりそれに怯えたことのある子どもは、開く。 宇宙や神様と更新しだすのだ!電波の誕生だ!地球の思想史は電波列伝だ!
谷川俊太郎はやっぱりすげーなーっと思いました。 超久々に読んでました。(付録の英語訳はやっぱり良さがわかりませんでした。) 「初夏」がたまらないよ「初夏」。 ぼくのかこはちょんまげまで!
それでバカがバカさにしがみついてるバカ!おばか! 感覚的なの。論理的でない。お勉強やっぱり向かないんだわ。 お風呂がおにあいだわ。 でも死なない!
お出掛け合間にみたぜ(´▽`) BShiだったかな?のヴァルキューレ作戦とシュタウフェンベルクについてのもの。 あと、BSジャパンのゴッホのやつ…耳切り取りと自殺についての新説を織り交ぜて最期の70日間。
・ヴァルキューレ 眼帯シュタウフェンベルク、本物の写真凄く格好良かった…。 でもプラスチック爆弾についての(そこまでいらなくね?っていう)詳細な説明が一番印象に残っている(なんていうかさすがN●●)。 あとやっぱちがうなぁと思ったのが、総統が死んだのか死んでいないのか、作戦開始が本当に正式の命令であるのか、情報が錯綜してる時にいち早く上に確認しようとした士官がいて、ヒトラーがその人に直接電話を繋げさせるんだけど、交信手が聞いたヒトラーの(普段直に連絡はとらない)部下に対しての第一声が「大尉、私の声がわかるかね?」だったこと…。名乗るんじゃないし名乗らせるんでもない、最初にまず尋ねる。自己演出を絶対に外さないというか…濃やかに張り巡らされた人心掌握の術にびびる。 ヘフテン中尉の最期の逸話には泣いちゃうの…副官…。
・ゴッホ最期の70日間 途中から林原ボイスに引きとめられて見たんだけど超面白かった。とても丁寧に綺麗に作られてた。 追い詰められた弟テオによって謀らず撃たれてしまったのを隠そうとしたゴッホの狂言=自殺の真相、っていう説の裏付けが今どれくらい出ているのか知らないけど、本当だったら哀しすぎる。テオの墓碑には「ゴーギャンを愛した男」の銘。ユゴーの詩とは聖書とは逆をいっちゃった。 テオってゴッホの理解者で支援者~ぐらいのイメージしかなかったので…兄の死後半年で亡くなってたこととか初めて知った…。 耳切りについては精神錯乱でなくゴーギャンとの諍いが原因じゃないか、てのはわりと広まってるよね。 この話初めて読んだ時も思ったんだけど、ゴッホのゴーギャンに対する気持ちがよくわからない…。凡人ですから仕方ありませんですけれどもすみませんすみません馬れて。 ゴーギャンからゴッホに対してはさ、どちらかといえば針が憎悪の方に揺れるじゃん。嫉妬。ネガティブに行くんだ。でもゴッホの方は一回失敗してるゴーギャンとの共同生活またしたいとか。何より、耳をゴーギャンにやられたとして、どうしてそのことを黙ってたのか凄く謎。今じゃもう誰にもわからないけど!わからないから色々広がる。妄景が。ゴッホはゴーギャンが思ってたようには思ってなかったんだろうなぁ違うかなぁ。 ゴッホにあるのは憎しみや嫉妬に向うところからそもそも遠いという難儀さ? ゴーギャンは饒舌なひとだったと思う。ゴッホは弟への手紙以上に発揮しなかった。 絵はゴッホの方が好きだ。
おジャンプ銀魂やばかった…うひゃ!
太りました。元気だお。まいにちたのしお。言っとかないと疑ってしまいそうだお。
千葉から叔母がやって来た。
で、今日から、おじいちゃんの遺品レコードを整理することになった…!
十年前に亡くなった祖父だけど、クラシック超好きだったのはまぁ知ってた。でもレコードコレクションのこととかは全然知らなくて、叔母が買取査定に集配頼んでてダンボールまで送ってもらってたって聞いた時はビックリ。とりあえず目測で700まい、あとはちゃんと数えてないってワロタ。クラシックレコードは今はもうほとんどお金にならないらしくて、ほぼ処分頼みで全部つっこんで送る気だったらしい…。
それでね、かすぱはね、なんか聞いてるうちにまた物欲がムクムクしだしてしまいまして……整理と処分の役目を譲ってもらったっていう…(叔母大歓喜)。
今日とっかかってきたんだけど、とりあえずフォーレだのスターバトマーテルだの好きな作品は引き抜き、更にジャケットが素敵なのも取っておくことにした。もう古いんだけど、ジャケデザはあんまり関係ないね!かわいいのからかっこいいのまで色々あって凄い楽しかった…!ホロ使ってたりとか、宗教画にポップな字体載せてたり、イラスト自体が凄く綺麗なのがあったり。飾りたいのばっか。ひろいおうちにすみたいお^▽^
で、いらないのとよくわからないのはひたすらダンボに詰める…。指揮者は名前ちらほら知ってるのはあったけど…クラシック全然わからん。
ダンボ15箱届けてもらったけど微妙に足りなさそう…うー。
あとデカいボックス入りの全集ものが結構あってこれはどうしようか悩む。まぁどうせ聞けないし多分送るしかない。
明日もがんばってくるお!マスクと手袋必需品(ホコリ的な意味で。
本棚は音楽関係の全集とか絵画の本とかが多いんだけど、ちょろっとあった文学全集の方がわりと最近のやつだったからもらっちゃった。あとなぜかマルクス全集と社会主義関係の分厚い本もズラっとあって思わず笑いが。おじいちゃん共産主義だったの?って母に訊いたら、「おばあちゃんのよ」。
面白い。
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