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| シンプリチオ-雑記ラウの寝起きがmitaidesu! [PR]× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 汎愛され最終兵器彼氏イエス・戦メリでローレンスが「彼らは過去に生きている」と言ったのはまちがいで、同じく原作でハラ(要するに日本人)について「個人でもなければ、ほんとうの人間でもない」と言ったのは当たっている。日本人(とここでは一応まとめてしまうけれど。)は現在を生きている。生きすぎている。そして過去でも未来でもなく現在を生きているから、死をつねに思う。恥より死という。それが恥ではなかった瞬間も、恥ではなくなる瞬間も、私たちは知ったことがないのだ。かのひとを、もたない。
・日本人はキリストを持たない。「受肉された」その人を知らない。これはどういうことか。日本人は矛盾を持たないのだ。神の成された矛盾を持たない。神と人間の間のひずみを持たない。なぞらえる人は不在で、演じる先の存在は空白だ。「人間であること」の意識をしない。私たちは重さを知らない。日本人は。 ・キリストは不可解なひと。不可解のかたまり。「キリストは人間の悲惨をことごとくなめつくした。」しかし、私たちの文化は不可解を凝結させたことがない。不可解の見本は「こうありなさい」と人間に言うのではない。「なぜこうあれたのだ?」と人間に訊く。なぜこうも悲惨に?なぜこうも不可解に?日本人は疑問を持たない。持っても、それを収集し、ピンで止めたりしなかった。標本は終ぞ完成しない。 ・地続きの神は、平板な世界のみを尽くす。だから現在しかない。 PR COMMENTSCOMMENT FORM | |